遥かなる大草原紀行(1?3日目 北京から陸路でウランバートルへ)

ゴビ砂漠旅行記

tawassanさんの旅行記

テーマ:

旅行記タイトル:遥かなる大草原紀行(1?3日目 北京から陸路でウランバートルへ)

旅行期間:2006/07/22〜2006/07/30

旅行記の内容:建国800年を記念して今年はビザが不要ということで夏休みを利用して友人とモンゴルに行くことにした。
安くあげるためにマイルを使い北京まで飛び、北京からは寝台バスと列車を利用してまずはモンゴルの首都ウランバートルに行き、そこから遊牧民が暮らすゲルに泊まってみようと計画を立てた。
羽田から関空でトランジットし北京に到着した。
そして即タクシーでモンゴルとの国境の町ニ連浩特に行くバスが出ているバスターミナルに午後2時頃に着いた。
しかし、このバスターミナルから発車するバスは満席。
他のターミナルに行ってみたが、またもや満席。
そして、また別のターミナルに行ったが満席。
もはやあきらめムード。
大連、長春等の満州方面へ旅先を変更するか、出発を一日延期し再度、ニ連浩特に向うか友人と相談していたが、望みを託しもうひとつのターミナルに行ったらなんとバスの切符を入手できた。
そのバスターミナルの近くで遅い昼食を摂った。
夕方6時に寝台バスに乗り込み夜明け前にモンゴルとの国境の町ニ連浩特に到着。
タクシーが連れて行ってくれたホテルで国境が開くまで仮眠するつもりだったが、安いが、汚く、おまけに中国人のオジサンが寝ている部屋に放り込まれたのだから、寝る気にもなれず、洗面を済ませ、ニ連浩特の町をブラブラしてみた。
町は最近作られた町という感じで、伝統もない味気のない町だった。
朝食後、タクシーで国境まで行ったが、この国境を越えるのもいろいろ苦労を
伴った。
ようやく国境を越えモンゴルへ入国できた時は、感激した。
その後は、国境で知り合ったウランバートルの女子大生にサポートしてもらいモンゴル国境の町ザミーン・ウードからウランバートルまでの切符、モンゴル通貨への両替等スムーズにいき、ウランバートルまで
の寝台列車での長旅も楽しく過ごせた。
ウランバートルへ到着は、日本を出てから3日目の午前10時30分頃だった。


表紙:モンゴルの大草原を走る列車

写真:建国800年を記念して今年はビザが不要ということで夏休みを利用して友人とモンゴルに行くことにした。
安くあげるためにマイルを使い北京まで飛び、北京からは寝台バスと列車を利用してまずはモンゴルの首都ウランバートルに行き、そこから遊牧民が暮らすゲルに泊まってみようと計画を立てた。
羽田から関空でトランジットし北京に到着した。
そして即タクシーでモンゴルとの国境の町ニ連浩特に行くバスが出ているバスターミナルに午後2時頃に着いた。
しかし、このバスターミナルから発車するバスは満席。
他のターミナルに行ってみたが、またもや満席。
そして、また別のターミナルに行ったが満席。
もはやあきらめムード。
大連、長春等の満州方面へ旅先を変更するか、出発を一日延期し再度、ニ連浩特に向うか友人と相談していたが、望みを託しもうひとつのターミナルに行ったらなんとバスの切符を入手できた。
そのバスターミナルの近くで遅い昼食を摂った。
夕方6時に寝台バスに乗り込み夜明け前にモンゴルとの国境の町ニ連浩特に到着。
タクシーが連れて行ってくれたホテルで国境が開くまで仮眠するつもりだったが、安いが、汚く、おまけに中国人のオジサンが寝ている部屋に放り込まれたのだから、寝る気にもなれず、洗面を済ませ、ニ連浩特の町をブラブラしてみた。
町は最近作られた町という感じで、伝統もない味気のない町だった。
朝食後、タクシーで国境まで行ったが、この国境を越えるのもいろいろ苦労を
伴った。
ようやく国境を越えモンゴルへ入国できた時は、感激した。
その後は、国境で知り合ったウランバートルの女子大生にサポートしてもらいモンゴル国境の町ザミーン・ウードからウランバートルまでの切符、モンゴル通貨への両替等スムーズにいき、ウランバートルまで
の寝台列車での長旅も楽しく過ごせた。
ウランバートルへ到着は、日本を出てから3日目の午前10時30分頃だった。


表紙:モンゴルの大草原を走る列車

羽田から関西空港でトランジットし、北京へ正午過ぎに到着。
自宅がある横浜から成田に行くより、羽田から関空に行ったほうが全然ラクである。
写真は北京上空。

北京首都空港ビル内にある兵馬傭の像。

首都空港からモンゴル国境の町ニ連浩特へ行くバスターミナルにタクシーで直行する時の車窓から撮った北京のテレビ搭。
なんと東京タワー(333m)より高い405m。

近代的なビルが並び、あまり面白みがない北京市内。

北京市内のバスターミナルを巡り、ようやく4つ目のバスターミナルでニ連浩特行きのチケットをゲットし、夕方5時頃になってようやくバスターミナルの前の食堂で昼食(夕食?)にありついた。

デーザートは、バスターミナルの前の露天のメロン。

北京からニ連浩特行きの寝台バス

中国独特の寝台バスの内部。
安くてラクに行ける。
北京を18時発車。
北京を出発したら、切符入手のため、あちこちのバスターミナルを巡った疲労と切符を入手した安堵感から即深い眠りに陥った。

夜明前にニ連浩特に到着し、客引きのタクシーに連れてきてもらった仮眠用のホテル。
外からみたら一見、普通のホテルのように見えるが、料金にふさわしく汚く、おまけに相部屋で中国人のオジサンが寝ていたところに放り込まれた。
寝台バスでよく眠れたし、荷物も心配だったので、友人と交代で洗面だけ済ませ夜が明けるのを待ってホテルを出た。

ニ連浩特のホテル前の街並み。
広々として新しい町だが、生活感や温もりをあまり感じられない。

大通りから入ったところに商店街があり、国境の町らしく看板には中国語とモンゴル語が併記されている。

ニ連浩特の商店街。
レンガ造り以外の店は、新しい店であり。
モンゴルとの交易により急速に栄えたことが窺える。

ニ連浩特のアーケード街。
ここも新しい。

大通りから路地に入るとレンガ造りの住宅がたくさんあり、中国北部の町らしい感じがしたが、レンガがまだ新しく、最近急速に発展していると思われる。

中国側国境。
二連浩特からタクシーで来て、ここで降ろされた。
ここで出国手続きをしたら歩いてモンゴルに行けるかと思っていたら、モンゴル人の車でしかモンゴルに入国できないようなことを言う。
二連浩特の町まで帰るのもアホらしいし、ここでモンゴルに行く車を探すことにしたが、来る車がどの車も荷物や人で一杯で乗車拒否。
とりあえず出国手続きをして、出国してから車を拾うことにした。
私達のほかに、ここで待っている若い女性がいて、モンゴル人だったが少し中国語がわかるようで通じた。
彼女もモンゴル側国境に行く車をあてもなく待っていて、私、友人、彼女と3人で長い時間(2時間ぐらいだったか)中国からモンゴルに行く車(荷物、人が満載で乗れる状態ではない)を見送った。
ようやく1台 の車が3人を乗せてくれたが、東京の通勤電車よりスゴイ状態だった。
モンゴルに行けるか不安になりかけていたところだったのでとても嬉しかった。
 

彼女はウランバートルの女子大生で呼呼浩特(中国:内モンゴル自治区)にいる彼氏に会いに行って、ウランバートルに帰るところだった。
彼女と一緒に無事モンゴルに入国し、ザミーン・ウード(モンゴル側国境の町)の駅まで行って、ウランバートルまでのA寝台の列車切符を購入してもらうようお願いしたが、満席のためB寝台(3段式の寝台)を購入してくれた。
駅の時刻表はモンゴル語表記だけだったので私達の自力ではかなり苦労していたと思われ非常に助かった。
切符代金は一人1000円もしなかった。
また、この町にある外貨を両替できる銀行は1箇所だけだったが、そこにも連れて行ってくれたので非常に助かった。
彼女サマサマである。
写真はザミーン・ウードの駅

ザミーン・ウードの駅前。
モンゴルというよりも、行ったことがないが雰囲気がロシアという感じ。
また水たまりがあり地図上ではゴビ砂漠の近いはずなのに雨が降ったようで、多分珍しい時に来たんだなぁと勝手に感心していた。

ザミーン・ウードの駅前で私達と彼女とで昼食した。
初モンゴル料理はどちらかといえばイマイチ。
写真は駅前の店であるが、看板にはモンゴル語のみ。
中国側の二連浩特では中国語とモンゴル語が表記されていたのに・・・。
中国人はどうもあまり国境を越えて来ないと思われる。
それにしてもモンゴル語って文字はロシア語である。

 

昼食後、ザミーン・ウードの町を3人でブラついた。
駅の近くの公園にトナカイに似た鹿みたい像があったが、この辺にいるのかなぁ。

ザミーン・ウードの町は、私のイメージしているロシアの田舎という感じであり、モンゴルのイメージが自分の中で感じられない。

ザミーン・ウード。
舗装してないところは砂地であり、ゴビ砂漠に近いところにいるのだということを思いながら歩いていた。

ザミーン・ウード。
レンガでできたゲルみたいな家があった。
この町で発見した唯一モンゴルらしい家である。

ザミーン・ウードからウランバートルに行く寝台列車。
中国に買出しに行った人たちの荷物がものすごい。
もっとすごいのは車掌(若い女性)。
多分、チケットを持っていない人たちが列車に飛び乗ろうとしている人達を、列車からけり落としていた。

ザミーン・ウードを列車が17時30分に出発して5?6分後の風景。
砂地に背丈の低い草がまばらに生えていて、地平線が見える。
ずっとこんな風景が続くので景色見ていても面白くない。

普通寝台列車の中の様子。

列車の中で知り合った人。
男性はナーダム(モンゴルの夏の祭典でモンゴル相撲、競馬などが行われる)のモンゴル相撲で優勝したといってメダルを見せてくれた。
女性はウランバートルから二連浩特に物を仕入れに行ったおばさん。
列車の中では、モンゴルのつまみをもらったり、日本から持参したお菓子を上げたり、折り紙を教えて上げたりし、友好を深めながら行ったので、17時間の長旅も退屈しなかった。

ザミーン・ウードを出発してから2時間半くらいのところ。
まだ草原という感じではない。
ゲル(遊牧民の移動式住居)もまだみてない。

列車は、20世帯あるかないかの小さな集落でも駅があり列車は止まる。

            

ザミーン・ウードを17時30分発車した列車が翌日の8時56分(15時間26分経過)のところ。
ここは、砂や岩石がなくなり大草原の中を列車が走っている。

大草原の中に真っ白いゲルと羊やヤギが見られるようになってきた。
 

ウランバートルに近くなり集落の規模が大きくなってきた。
到着13分前。

ウランバートル10時30分到着してから、ひと仕事。
列車の中で向かいの席に知り座ったのオバサンの荷物を列車から降ろすのを手伝った。
商売用の荷物だからかなり量があった。
オバサンとはここでわかれた。

Web Services by 4travel.jp

メニュー

ゴビ砂漠旅行記トップ

旅行記のメニュー

中国・シルクロード(5) 【新彊ウイグル自治区・烏魯木斉】黄土高原を行く蘭州、敦煌、トルファン、ウルムチの個人旅行(敦煌編)モンゴルに来たぞ!中国海南島のリゾート  その1旅立ち2006夏?イライラが楽しいジープで国境越え?ゴビ砂漠を横断する鉄道の旅・中国二連浩特へ遥かなる大草原紀行(1?3日目 北京から陸路でウランバートルへ)敦煌ひつじ雲? 【ゴビ1週間】☆Vol.1☆ サハラが見たい! ?1日目?  羽田→関空→ドバイMongoliaシルクロード西域南道?河清回廊再びエジプト・ギリシャの旅8日間 ギザ編面白い仲間と出会った北京と内モンゴルの旅中国、敦煌への旅(シルクロードを訪ねて)北欧記16イタリア12有明 ☆ロマンあふれる恐竜の世界☆2005年9月 シルクロード(敦煌)遊牧民なりきり(?)モンゴル6日間その2?ウランバートル市内観光編?シルクロードの旅 【敦煌 莫高窟・玉門関・陽関・万里の長城】シルクロードの旅 西夏王陵 【銀川・寧夏回族自治区】春先のロンドンモンゴル旅行記はるかな銀川エジプト航空で紅海レッド・シーへモンゴルの旅

関連項目のメニュー

ゴビ砂漠

リンク

ゴビ砂漠関連のリンク集